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東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)123号 判決 1972年11月24日

原告

昭和電機工業株式会社

右代表者

浦龍利

右人訟代理人弁理士

大橋弘

被告

特許庁長官

三宅幸夫

右指定代理人

渡辺清秀

外一名

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<略>

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三七年一〇月二三日、名称を「輸送管の電気加熱保温法」(特許出願当初の名称は「油送管の電気加熱保温法」)とする発明につき特許出願をしたが、昭和三九年四月二三日拒絶査定を受けたので、同年六月九日、これに対する審判を請求し、同年審判第二、六二五号事件として審理されたが、昭和四四年一〇月一七日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年同月三〇日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

強磁性体である鋼鉄管に、直接、低電圧、低周波の交流電流を通電させることにより、その交流特性の作用で該管を発熱させ、よつて、移送物を直接加熱または保温するようにした輸送管の電気加熱保温法。

三  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、特許出願公告昭三一―八四九〇号特許公報(下以「引用例」という。)には、粘性塗料、水、流体等の搬送用ホースに電気抵抗体を取り付け、低電圧交流電流を流して、ホース自体を加熱し、内部の流体を所要温度の流動状態に維持すること、ホースが螺旋形または関節連続された部分からなる従来の可撓金属管の場合には、帰回路導線を使用する必要があり、この場合、関節部間の可変な接触面に基づき全体の抵抗が変化する旨の記載があり、これらの記載によれば、引用例には、可撓金属管自体に抵電圧交流電流を流し、管の電気抵抗に基づく発熱により管自体を加熱して内部の流体を流動状態の温度に維持することが示されているものと認められるところ、本願発明と引用例記載のものとを比較すると、両者は、金属管自体に低電圧交流電流を流して、その管自体を発熱させ、管内の流体を加熱保温する点で一致するが、本願発明は、可撓金属管ではなく、鋼鉄管を用いて輸送する流体を加熱保温するものである点で、引用例記載のものと差異が認められる。しかしながら、鋼鉄管で流体を輸送することは周知であり、引用例記載のものも、輸送管内の流体を加熱保温するために管自体に通電するものであるから、本願発明のように、鋼鉄管で輸送する流体を加熱保温するために、引用例記載のものと同様に、その管自体に通電する程度のことは、引用例の記載から容易に推考しうることと認められ、したがつて、本願発明は、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。<後略>

理由

(争いのない事実)

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨および本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二原告は、本件審判手続は特許法第一五九条第二項の規定に違反し、違法である旨主張するが、その主張は理由がない。すなわち、本願発明に対して、特許庁が、「引用例に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものと認められる。」旨の拒絶理由を示したことは、当事者間に争いがないが、引用例は、出願公告にかかる特許公報であり、そこには特許請求の範囲のほか、その技術的思想を明確にするための発明の詳細なる説明が記載されていることは通常のことであるから、これを特許法第二九条第二項に基づく拒絶理由として引用するということは、当然に、その記載全体において開示された技術的思想をも問題としていることが明らかであり、拒絶理由として、「引用例に記載された発明」という表現がとられているからといつて、引用例の特許請求の範囲に記載された発明のみに限定されるものとはかぎらず、本件のように、その発明の詳細なる説明の項に示された、これに関連する先行発明についての記載が引用されたものと解すべき場合がありうることは、多言を要しないところである。のみならず、原告は審判請求後である昭和四四年四月一四日付提出の審判事件理由補充書において、引用例の発明の詳細なる説明の項に開示されている先行技術についての記載部分もまた、原査定において拒絶理由として引用されたものであることを前提として、これについての詳細な意見を開陳していることが明らかであるから、本件審判手続において、このうえさらに、特許法第一五九条第二項の規定により、新たな拒絶理由通知をしなければならない理由はない。

三原告は、引用例には金属管自体に低電圧交流電流を流して、該管を加熱するという技術は全然示されていないにかかわらず、本件審決は、引用例に右の技術が示されているものと誤認した点において、違法であると主張するけれども、右の主張もまた理由がない。すなわち、(一)引用例は、「電気的加熱可撓ホースに関する改良」の発明に関するものであるところ、その「発明の詳細なる説明」の項には、従来の技術として、まず「或る提案に於てはホースは螺旋状に巻かれた加熱用抵抗線、或はホースの周りに巻かれ且つホースの壁中に形成された通路内に配置され又はホース中に組込まれた電気加熱用抵抗ケーブルを含んだ。」として、ホースと別体の加熱用抵抗線を有するホースについての記載があり、これに続いて、「他の提案」として、「螺旋形又は関節連結された部分から成る可撓な金属管」についての記載ががある。しかして、引用例においては、右の各記載に引き続いて、これら両提案におけるそれぞれの欠点を指摘しているのであるが、その中で、前者については、抵抗線を用いることによる短所を述べているに対し、後者については、抵抗線を用いることについてなんらの記載がないばかりか、他の往回路導線の存在を示す記載がないにかかわらず帰回路導線を使用する必要があることが述べられており、さらに、ホースが動くため、その彎曲の変化に伴つて接触抵抗が変化し、ホース全体の抵抗が常に変化し、発生する熱の有効な制御(「発生した熱」の制御をいうものでないことは、電気的加熱についての技術および熱の制御についての技術の常識に照らしても、明らかである。)が不可能であることが述べられており、以上の各記載によれば、引用例の可撓金属管は、加熱用抵抗を用いるホースと対比して記載されているもであり、別体の加熱用抵抗線は用いられておらず、金属管自体を電気抵抗体として利用する以外には発熱の方法がないものとして登場しているのであるから、結局、引用例には、可撓金属管自体に直接電流を流し、その電気抵抗に基づいて管を発熱させるという技術が示されているものと解するほかはない。(二)引用例の記載中、随所に見られる「低電圧」「変成器の二次捲線に接続する」および「逓降変成器の低電圧二次捲線に接続し」等の用語ならびに図面の記載から見て、引用例の可撓ホースに通電する電流は、低電圧交流電流であることは明らかである。しかして、操作者に感電等の衝撃を与える危険を防止し、かつ、経済的にも有利な電力を使用する必要のあることは、電気工業における技術常識であるが、その目的のために、商用電力として一般社会に広く供給されており、直流電流よりも遙かに低廉に得易い交流電流を、低電圧に変圧して用いることが最も有利であることは、顕著な事実であるから、これと異なる特段の記載のない引用例において、可撓ホースと同一目的を有する先行技術である可撓金属管についてもまた、低電圧交流電流を用いるとの技術思想が示されているものと解するを相当とする。(三)したがつて、引用例において、金属管自体に低電圧交流電流を流して、該管を発熱させるという技術思想が示されているとした本件審決の認定判断には、なんらの誤認もなく、もとより本願発明との比較において判断を誤つた違法があるものとすることはできない。

(むすび)

四叙上のとおりであるから、その主張の点に違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものといわなければならない。よつて、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条および民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(三宅正雄 武居二郎 友納治夫)

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